2014年12月21日
防寒着の重ね着
まだまだ寒い日が続く沖縄です。内地は、もっと寒いのですが。沖縄での生活が人生の半分くらいとなると、体感する温度は摂氏20℃でも、肌寒さを感じてしまうのでした。完全に気温順応してしまったのでした。暖かい地域での生活に慣れてしまったのでした。
沖縄で仕事を始めた頃は、こんな時期の12月くらいから翌年の4月まで沖縄で仕事をすることが多かった。当時は、20代後半だったが、それほどの寒さを感じなかった。MA-1フライトジャンパーに長袖のワークシャツだけでも大丈夫だった。今から35年以上も前ですがフリースは商品化されていなかった。スェットパンツやトレーナーが出始めて頃だった。米軍の払い下げ屋に吊るされていたのを購入した。憧れの的だった。
軽量の防寒具が開発され始めた時代でした。おまけに商品は、欲しいけどお値段が高ったのでした。日本製ではなく、アメリカ製だったりフランス製だったりと。よくよく考えると山岳関係の防寒具の開発がつながったのだろうか。羽毛の製品はあったが、それも高かったのを覚えています。1982年かな、アメリカ本土で仕事に行った際に初めて羽毛のダウンジャケットを買った。砂漠地帯に行くことがあった。その際に軽量で温かい着衣が必要だったのでした。今でも、使っています。32年前だが、まだまだ現役で使っています。
とりあえず着衣を重ね着して体温を調整する。暖房機までの登場は大丈夫です。今年は暖冬傾向との予想でしたが、寒いです。フリース他の防寒着も押し入れから引っ張りだしました。これで準備万端です。これから沖縄の寒さも本格的になる季節になりました。この冬は、最低気温がどこまで下がるのだろうか。
沖縄で仕事を始めた頃は、こんな時期の12月くらいから翌年の4月まで沖縄で仕事をすることが多かった。当時は、20代後半だったが、それほどの寒さを感じなかった。MA-1フライトジャンパーに長袖のワークシャツだけでも大丈夫だった。今から35年以上も前ですがフリースは商品化されていなかった。スェットパンツやトレーナーが出始めて頃だった。米軍の払い下げ屋に吊るされていたのを購入した。憧れの的だった。
軽量の防寒具が開発され始めた時代でした。おまけに商品は、欲しいけどお値段が高ったのでした。日本製ではなく、アメリカ製だったりフランス製だったりと。よくよく考えると山岳関係の防寒具の開発がつながったのだろうか。羽毛の製品はあったが、それも高かったのを覚えています。1982年かな、アメリカ本土で仕事に行った際に初めて羽毛のダウンジャケットを買った。砂漠地帯に行くことがあった。その際に軽量で温かい着衣が必要だったのでした。今でも、使っています。32年前だが、まだまだ現役で使っています。
とりあえず着衣を重ね着して体温を調整する。暖房機までの登場は大丈夫です。今年は暖冬傾向との予想でしたが、寒いです。フリース他の防寒着も押し入れから引っ張りだしました。これで準備万端です。これから沖縄の寒さも本格的になる季節になりました。この冬は、最低気温がどこまで下がるのだろうか。
Posted by むらじぃ at 19:18│Comments(0)
│ひとりごと