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むらじぃ

2008年09月05日

ミロのビーナスだぁ

もう週末になる。時間の経過の速さを痛感している次第です。光陰矢のごとし。こんな書き出しのHP、何度目かな。よくこんなフレーズを使うのでした。加齢現象の窮みかな。

左肺の肺嚢胞の摘出手術の痕。先週の金曜日に抜糸が終わったと言いましたが、まだ3針分の縫合糸が残っているのでした。傷口が盛り上がってきているので、縫い目から5mmくらい伸びている糸の先端が当たるのでした。チクチクします。もう少し、傷口が安定したら外科医のところで完全に抜糸してもらう予定にしています。


 ちょうどミロのビーナス状態に身体をよじって、テーブルに鏡を置いて傷口を確認するのでした。風呂上りに消毒するのでした。マキロンsの「シュパッと殺菌」という透明な液体を噴霧するのでした。本来なら消毒用のイソジン液を使えば殺菌効果抜群とは思うのですが、一人でミロのビーナス状態で傷口の消毒は難しいと思っているのでした。消毒後は、滅菌ガーゼを傷口に当ててテープで固定しています。


来週の月曜日か火曜日に主治医に診てもらう予定です。


 


 今年は好天が続いている沖縄です。そのためにダイビング関係者がノンストップで潜り続けているのでした。そのためというか、減圧症になってしまうガイドさんが続出しています。しっかりと治療して現場に復帰して欲しいのでした。ただ、2回や3回の減圧治療だけで完全に回復することはないので、ちょっとの間は潜りは禁物なのでした。減圧治療一発、完治。はい大丈夫ですよはないと理解しています。


 台風が来ない沖縄なのでした。  

Posted by むらじぃ at 23:42Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年09月04日

筋力低下

さてさて、困ったことになりました。3月15日以来、闘病と静養の日々を送っている。まだ、当分の間、大人しくしていなさいとの医師のお言葉です。


一番の困りごとは、肩の筋肉が落ちたこと。重いものは持っては駄目です。とりあえず肺に負担がかかるようなことは駄目。やがて半年が経過しようとしています。重いものを持つことは、肺の息こらえをしてしまう可能性があるのでした。肩の筋力低下は、自分なりにがっかくりとしているのでした。少しづつ筋力の維持をしなければならないのでした。


 寝ながら枕元にある本や携帯をとろうとして腕を動かすと肩の筋肉に痛みを感じるのでした。これも筋力が劣化していることを意味するのでしょう。加齢現象も多少は加わっているのだろう。筋肉の持久力も、かなり低下しているように思う。


これまでに、ごくごく普通にスクーバタンクやウエイトベルト等を持ち運びしていたが、かなりの運動量にはなっていたようだ。筋力の低下は、驚きました。


 この冬に向けて風邪をひかないように体力を温存しなければなりません。風邪は大敵です。いまの段階で、クシャミや咳き込みは痛みを伴うのでした。前兆があると、痛みも覚悟してしまうのでした。インフルエンザの予防注射の接種を受けておこうと思っています。


 あとは日焼けしていないからビタミンDの合成力も低下しているから風邪引きやすい体質になっているかもしれないのでした。少しづつ日焼けするかな。手術の縫合部に影響を与えないかと心配です。硬化しないか心配なのでした。


 焦りは禁物、ゆっくりゆっくりです。  

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2008年09月03日

大学生の来沖

9月は大学生の来沖が急増する。グループで来るのでレンタカーも1台ではなく、二台、三台となるのでした。夏場は家族連れが多いのでレンタカーは一台で行動となっています。大挙して来沖するグループとなると買い物や食事、移動まで連なっての行動となる。


午前中が那覇、午後から名護だったので、その移動中はレンタカーの集団に出会った。怖いとは思わなかったが、インターチェンジの迷い行動、コンビニへの強引で無理な駐車方法、信号無視しての交差点への侵入等々だ。


 お酒の飲みすぎて、ドンちゃん騒ぎをしなければと思うのでした。ホテルのナイトマネジャー等は、この時期のお客さんの対応に四苦八苦すると嘆いていました。あとは急性アルコール中毒で救急車騒ぎに発展しなければと思うのでした。若い人は、アルコールに寛容というか、簡単に缶ビールのリングプルをグビッテ開けちゃうのでした。


相撲界にも激震が走った。何が起こってもおかしくない状態なのだろうか。国技としての相撲ですが、大麻事件が、またもや起きた。抜き打ちでの尿検査が行われ、二名のロシア人力士から陽性反応となった。文部科学省の所管の相撲協会、今後の対応策、どうするのだろうか。秋場所を開催中止にするのだろうか。管理能力はゼロと言わざるをえないのでした。


 福田首相がマスコミを無視しているが、国民の知る権利を放棄している。それでも給与は支払われるのでした。プライドが高すぎるのだろう。二世議員って、いい商売だよなぁ。  

Posted by むらじぃ at 22:45Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年09月03日

ドタバタ

引越しは中途で終わっているのでした。8月26日までに事務所の二部屋にクーラーの取り付けが終わった。沖縄ではクーラーなしの生活は考えられないのでした。住宅の周囲全てが舗装されており太陽の照り返しをモロに受けるのでした。おまけに南と西側に太陽光線を遮蔽するものもないので日没までたっぷりと太陽光線を浴びるのでありました。


 ウルトラマンであれば大丈夫かもしれないが、一般ピープルなので西日には耐えることができないのでありました。ことに南国沖縄でありますので、その太陽光線の強さは強烈なのであります。ベランダが広いのにびっくり。光を遮蔽するものを考えねばなりません。


 最終的には9月20日に電話工事が終わるために拠点整備は、それからになりそうだ。  

Posted by むらじぃ at 12:17Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年09月02日

左胸の痛み

福田総理の緊急退陣声明から一夜明けた。


半ば呆れた感ありの世相だった。でも、政治家っていいよな。辞めたぁって宣言しても、すぐに職を失うこともないでした。身分が保証された状態での退陣表明。悲壮感もない。嫌になったから辞めます。と宣言。


 政治の品格。ないようなぁ。


左肺の肺嚢胞の摘出手術から三週間が経過した。痛みについては、胸骨を境に左胸、とくに胸骨と左乳頭の間くらいに局部的な痛みを強く感じます。これは癒着していた部分を剥離した際の痛みなのだろうか。胸腔鏡を挿しいれた部分は、時々痛みを感じる程度。ただ寝返りはうてない。右胸の乳頭近くの縫合した部位が布団に当たると痛みを感じる。そのために就寝時、寝返りを打った際の痛みで眼が覚めてしまうのでした。


 フカフカの羽毛布団が良いよって言ってくれたが、わが秘密基地にはないのでした。睡眠時間が短いために昼間が眠いのでした。ちょっとお昼寝なんて大の字になると30分くらいは熟睡してしまうのでした。枕は四角いタッパウェアにエコバックをクッション代わりです。背中が分厚いので、高さ10cmの小さめのタッパがちょうど良い枕になるのでした。


 秘密基地入り口のドアフォンをしつこく押してください。むっくりと瞬時に起き上がることができないのでした。まず、ドアフォンを聞いて、左手を脇に寄せて、左肘を支点にしながら起き上がるのでした。このスタイルが一番痛みを感じることなく起きることができるスタイルなのでした。


 痛みに慣れるまでに、まだまだ時間がかかるのでした。
  

Posted by むらじぃ at 23:22Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年09月01日

投げ出しちゃったぁ

臨時ニュースだった。福田総理が退陣の弁。へぇぇぇ面倒くさい。僕、総理を辞めます。

前任者の安部前総理と同じで政権を投げ出すことになった。


 景気低迷が続く、日本国ですが、真剣に舵取りする人材がいないのだろうか。

物価高騰が続く中での総理大臣の辞任劇でした。


 さて、次の総理は、誰が立候補するのだろうか。誰がなっても同じだろう。  

Posted by むらじぃ at 22:35Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年08月31日

8月の終わり

明日から9月。あっという間に8月が終わった。この8月は生涯初めての手術で入院した。後半は大人しく静養となった。抜糸は29日金曜日に終わったが、まだ大きな縫合部は、完全に乾燥している状態とは言えないのでした。当分、消毒の励行と滅菌ガーゼを当てる日々が続きそうです。患部が左胸の脇になるために直視することができなく、テーブルに鏡を置いて、患部を映して右手のみで消毒とガーゼを貼るのでした。大部慣れましたが、まだまだ縫合跡は化膿する危険性が大なのでした。


シートベルトが当たるので運転時は、涙目になりながら運転している次第なのでした。冷や汗もので運転しているのでした。タラーリ・・・・。当分焦りは禁物と指令を受けているのでした。


 かつて小中学生の時代の8月31日は、朝から学校に持って行かなければならない宿題の総仕上げでドタバタしている記憶しかないのでした。毎日、少しづつ地道にコツコツお勉強なんてしたことがなかったもので、結局は尻に火がついた状態でないと取り組まなかったでした。今も同じであります。  

Posted by むらじぃ at 23:24Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年08月30日

不動産不況

八月も終わりを告げようとしています。内地では大雨情報が、アチコチから聞こえてきます。沖縄は水不足の傾向です。沖縄本島では実感しないのですが、近隣の島々で渇水対策が近々に行われるようです。


アメリカで端を発したサブプライム問題、日本ではいくつかの大手不動産開発会社が経営破たんに陥っています。ここ沖縄では恩納村では大型リゾートホテルが二軒、北部では一軒、石垣島でも一軒が、建設途中で中断の憂き目にあっています。完成間近の物件もあれば、まだまだの物件もあるのでした。今後は誰かが買い取り、事業を継続するのか、それとも巨大な廃墟となるのだろうか。それらの施設の行く末は未定だ。


 地元の経済にも大きな打撃となる。建設中であれば建設資材の購入代金や労働者の雇用確保、ホテルについてはホテルスタッフ等の雇用が一瞬にしてパァになるのでした。恩納村では二軒だ。一軒は完成間近だが、すでに工事関係者も引き上げている。もう一軒は、本日経営破たんを来たしたばかり、まだ建設も始まっていないのでした。周辺地域の買収はおわって、地元も開発を了承している状態でしたが、開発中止となるのでした。


中東のオイルマネーか、東南アジアの華僑資本か、欧米のコンサルタント会社資本等々が再投入されるのだろうか。まだまだ不動産不況は続くのでした。乱開発に拍車がかからなければと祈るのみでした。


 9月になっても物価上昇の流れは変わることがないとのこと。どこまで物価が上がるのだろうか。食料品の値上がりはお財布を直撃しています。困った。  

Posted by むらじぃ at 21:28Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年08月29日

抜糸完了

朝から病院でした。待ちに待ったり3時間でした。胸部レントゲン1枚と脇からのレントゲン1枚、抜糸、手術の経過説明等でした。病院で待つことには慣れっこになりました。今日は、本を一冊持参、読み終えました。


本のタイトルは「高血圧の医学」中公新書236ページだが、一冊読み終えたのでした。中公新書なので一般人向けの内容になっています。でも、薬剤名や薬理作用の話になるとじっくり読まないと判らなくなりそうでした。病院の待合所の椅子は長時間座ることを想定していないのでした。お尻が痛くなるのでした。眠いのですが、熟睡もできないのでした。


 さて、抜糸が終わりました。次回の肺の機能検査やCT撮影は11月に行うことが決まりました。とりあえず、11月の検査が終わるまで飛行機への搭乗は控えること。まだ手術が終わって二週間程度、4月に右肺、8月に左肺の肺嚢胞の切除手術を実施している。大人しくしなければ・・・・・・・・。


手術時の映像を静止画で見せてもらいました。胸腔内部から肋骨。沖縄風に言えばソーキにあたる部分も見えました。胸腔内で患部の肺嚢胞の部位を三箇所で吊り上げて新しい手術器具を挿入して一気に患部の切除と縫合を行った。肺尖部に一箇所だけ胸腔膜に肺が癒着しているのがあった。最初に切開してから肺嚢胞の切除手術となったようだ。


 ソーキの部分に黄色の物質が胸腔を透かして見えたが、もしかして大敵な皮下脂肪だったりして。ガァーんでした。今回の切除した大きさは8cm大でした。肺の先端部なので呼吸に関わらない部分なので、肺活量はそれほど低下していないと思っています。


 


 あとは、少しづつ焦らないで体力の回復を考えなければなりません。風邪を引かないようにしなければと思っています。  

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2008年08月28日

毒蛇は、どこじゃ

開口一番、生物の中で一番苦手なのはヘビです。ウミヘビも大の苦手です。水中で出会うと、ついつい逃げ腰になり、悲鳴を上げて猛ダッシュします。「毒蛇はどこじゃ」かつての三木のり平さんの江戸ムラサキの佃煮の宣伝文句のコピーだ。


話が古いかな。


 東京での猛毒のヘビを51匹も飼育していた男性の話題。ヘビに咬まれて救急車騒ぎ。一時は意識不明にもなったが、奇跡の生還を果たしたとのこと。自宅マンションには大量の毒蛇。付近で咬まれた事件も発生していたとも報道されている。


自分は、生来からヘビが苦手。映像を見るだけでも背筋が冷たくなるのでした。奇跡の生還を果たした男性、彼の身体には抗体ができたのだろうか。免疫ができたのだろうか。毒液を吐き出す種類のヘビも飼育していたとのこと。入手経路は仕事先の外国船の船員からとのこと。外航船で毒蛇を飼っているのが明らかであれば接岸時に、日本国内に逃がしたなんてことがないようにお願いしたいでした。天敵がいない場合は、瞬く間に生育圏を広げることになる。沖縄本島では、在来種のハブと台湾から輸入したタイワンハブのハイブリットが何個体か見つかっているのでした。交雑が起きているのでした。従来のハブよりも獰猛な性格とのこと。名護地区で、ハブ酒の原料に輸入されたのが逃げ出して生育圏を広げたのでした。毒性も強い、攻撃的。全島をもうじき支配する勢いだ。


 どうしても、ヘビは駄目なのでした。


 8月は家族連れのダイビングが多かったとの話。今年は、とくに子供ダイバーが多かったとのこと。10代のダイバーが多くなった。中学生が主役だった。


 9月は大学生の集団がやってくるのでした。夏のバイトで貯めたお金で沖縄に来るのでした。あれこれ問題を起こさないで欲しいのでした。徒党を組んで騒ぐのでした。飲みすぎには注意して欲しいのでした。  

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2008年08月27日

酸素問題・・・・

昨日は、安対協の事務局長と一緒に那覇に行きました。道中は運転をお願いして自分は助手席に座っていました。レーシングカーの如きハンドルさばき、マッハGO!GO!の世界でありました。適度に左胸の縫合痕に痛みが走っていました。事務局長はA級グルメ、私は天下御免のB級グルメです。二人で午前中から出歩くということは、どこかでお昼ご飯を食することになります。A級グルメのラーメン屋さん巡りとなるのでした。


池袋の大正軒の暖簾かな。宜野湾まで戻りつつ立ち寄ったのですが、なんと火曜日は定休日だったのでした。醤油ベースのつけ麺を楽しみにしていたのですが、あいにくのお休みでした。そうなると北谷まで戻り、結局はチャンポン屋さんに突入したのでした。ダブルチャンポンで餃子を二人で三人前をパクつきました。久しぶりの外食、それもチャンポンでした。


 B級グルメを返上なのですが、たまにはご勘弁ください。





 現在、自分はダイビング現場に酸素を配備して、潜水後の体調不良や減圧症に対して、すぐに対応できるようにと医療用の酸素供給器材と医療用酸素を揃えています。8月初旬に酸素充填会社から、本来の目的である医療用酸素については医療機関しか充填しない旨の通告を受けました。10日から入院、11日手術でしたので、事前に協議する時間がありませんでした。14日に退院、ちょっとだけ静養して何軒かの医療機関に事情を説明、取り扱いの如何を交渉しました。


 医療用酸素の場合は、医師の処方箋を発行をお願いするしかなかったのでした。自分は呼吸器系の問題があるために処方箋をお願いすることができました。陸上用の酸素については、これまでは緊急避難的な扱いを受けていたのですが、法律論からは例え、ダイビング現場に酸素を装備して緊急時に使用することの利点が理解できるが、薬事法を考えると駄目という結論に達したのでした。


 ユーザー側としては、如何ともしがたいのですが、駄目は駄目ということになっています。現在、酸素屋さんと交渉しています。多くのダイビングサービスにもお願いしているのですが、動きが緩慢なのでした。


 8月末で、これまでの特例では酸素が充填することができない。その締め切りまで残り4日しか残っていないのでした。明日も交渉しなければならないのでした。


  

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2008年08月26日

術後二週間が経過した

ずっと西よりの南西の風が吹いています。恩納村では何とか潜ることができるが、那覇から読谷までの沿岸部にはウネリが寄せているのでした。和船タイプでは、かなり厳しい海況だ。ダイビング専用船であっても、船酔い連発の海況なのでした。東風が吹かないのでした。今年の夏の風周りはおかしいのでした。


左肺を手術して二週間が経過しました。右肺を手術した時よりも痛みを強く感じない。痛みに慣れたのあかな。いやいやそんなことはないのだ。手術道具を入れる穴の位置は、前回と大きく違っている。横向きで手術した。手術の説明図では、完全に横向き体制となっていた。真横で左胸腔内の手術した。あとはパンク修理の要領です。切開した筋層は、前回とは違って大きな痛みはないのですが、切開した穴の周辺に痛みを感じるのでした。傷が治りかけているのだろうか。


 29日に抜糸することになるが、大きな傷痕にはカサブタ状に接合部が変化している。傷が乾燥しているので背伸びすると傷の境界線がバリバリって音がして亀裂が走るのでした。そのときの痛み、悲鳴を上げてしまうのでした。ジワリと痛みが増しているのでした。寝返りは左右の傷口が痛みを覚えるので眠りが浅くなるのでした。


前回よりも痛みに慣れたのかな。  

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2008年08月25日

秋の気配

アメリカ大統領が8月中旬には火星についての重大発表を行うとのコメントがあったのですが、全然ブッシュちゃんからはコメントが発せられません。何かあったのだろうか。北京オリンピックがあり、その直後にロシアがグルジアに侵攻し、アメリカを含むNATO諸国は一斉にロシア批判を展開している。新たなる冷戦が始まった。


北京オリンピックも何となく終わった。ニュースもまともに見ていなかったで北島が水泳平泳ぎで二冠達成。女子ソフトボールがアメリカを破って優勝したことくらいしか記憶にないのでした。開会式も閉会式も見なかった。テレビでオリンピックが放映されるようになって初めてのことでした。


 偽装オリンピックとの酷評だった。





 何となく夏から秋に季節が変わるだけかな。


 研修生二名が帰宅した。無事に自宅についたとの連絡だった。  

Posted by むらじぃ at 23:39Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと

2008年08月24日

地震が頻発

最近、沖縄でも地震の揺れを感じるようになりました。今朝も震度1、深度20km、マグネチュード3.5だった。かつて西表島にて群発地震を経験した以外は、沖縄では経験が乏しかったのです。ここ半年くらいで、沖縄本島でも有感地震に遭遇する機会が多くなったと思います。地殻変動の活発な時期に突入したかなと心配になるのでした。


中高年者の自分は、地震の際に一瞬、自分が揺れているかなって感じで地震よりも自分の体調がおかしくなったかなと錯覚することがあるのでした。内地では地震は、始終起きているように思うのですが、どうなんだろう。とくに北海道や東北方面、東京では地盤が軟弱な部分があるために遠くの地震の揺れでも、長い時間揺れが続いたり、変な揺れ方もあると報告がありました。


 沖縄では地震と一緒に起きるであろう津波、津波の被害を心配してしまうのでした。自分が生活している前兼久では海抜ゼロmに近いので大きな津波が来れば一発で終わりと思ってしまうのでした。役場からの防災放送では、58号線の山側の高台に逃げるようになっているとの指示が流れます。


自分は肺を手術したばかりなので、真剣に走ることができないのでした。ゼイゼイハアハアしながらですが、歩きになります。車で避難するしかないかな。現状では自分は、完全に災害弱者になっているのでした。


 もうじき9月1日、防災の日がやってきます。とくに沖縄では地震と津波、それに台風への対策と対処が重要になります。明和の大津波(1771年4月24日)以来、大きな被害が出た災害は台風だけです。今年は2008年なので237年前に12,000名の生命が奪われているのでした。災害は忘れた頃にやってくる。


 地球内部の地殻変動が、あちこち起きているのでした。一箇所で地殻に歪みが溜まると、その歪みを解消しようとする力が働きます。大きな力になって揺れるのでした。台風では気圧が低下します。その気圧低下が地表に与える影響はないのだろうか。最悪の災害として台風直下、地震に津波の三点セットで起きなければと祈るのみでした。


 明日の朝、研修生二名を送りに空港に行きます。ご苦労様でした。  

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2008年08月23日

夏休みの終わり・・・・・

夏休みも終わりを迎えようとしています。子供の頃は、宿題に追われていたような記憶があります。何が苦手かというと作文が、大の苦手なのでした。読書感想文、夏休みの出来事等が、最後まで残っていた。一番得意だったのは工作、自由工作だった。


暑い時代、クーラーなんてなかった時代。強烈な印象に残っているのは、セミの羽化だった。ちょうど自宅うらのポプラの木だったかな、そこにセミの幼虫がよじ登り、羽化を開始したのだ。白熱球の電球をつけてもらい、夜間撮影した。自動露出計がなかった時代、レンズの絞りを調整しながらの撮影だった。当時のフィルム感度はASA100以下のモノクロだったように覚えています。すべて撮影終了、後日自由研究ように現像に出したら、露出オーバー気味だったのでした。ジャーン・・・・・・・。がっくりでした。土壇場で、グラジオラスだったかな、その開花を自然光の中で撮影して、それを提出した。


 今ならデジタルカメラで、撮影結果をディスプレイにて確認しながら撮影することができるのですが、当時はフィルムを写真屋さんにて現像してもらい、それを印画紙に焼き付けてもらう行程があったのでした。フィルム感度もASA64くらいだったかな。大学を卒業するまでモノクロフィルムを使っていました。顕微鏡写真はカラーでしたが、それ以外はカラーフィルムは高かったのと、現像、焼き増しも高い時代だったのでした。


オリンピックも終盤です。男子陸上では400mリレーで銅メダルの快挙だった。現実では、アメリカとイギリスが失格となったので、上位二チームが抜けた中での快挙だったかもしれないのでした。メダル獲得したのは事実です。


 野球は駄目、シンクロもチーム対抗では、メダル獲得できずに5位に甘んじたとのこと。男子マラソン選手、一名が大会を欠場することが決まった。これまでの選手選抜と、その後のトレーニング。オーバートレーニングで故障したのだろうか。女子マラソンの野口選手に続いて二人目だ。選考過程に問題はなかったのか、それともオリンピック前のコンセントレーション調整の失敗なのか。


 この夏、二名の研修生がトレーニングしていおりましたが、25日(月)で帰宅します。これも夏休みの終わりの象徴かな。来年から新人さんが増えます。頑張ってくださいね。怪我なく無事に研修が終わりました。ご苦労様でした。  

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2008年08月22日

ファーストエイドキット

久しぶりに那覇に行きました。自分のかかりつけのお医者さん、嘱託医のかたのところです。二回目の手術をお話をして縫合跡の確認もしてもらいました。


 長年の懸案でした。ダイビング現場でのファーストエイドキットを作り上げましたので、その中身の確認を点検してもらいました。現在、自分はファーストエイドキットについては、3個を使い分けています。3個ともペリカンボックスです。2個はグリーン、1個はオレンジ色です。これまではオレンジ色とグリーンの2個を使っていました。

最新版の中身は、聴診器、血圧計、酸素飽和度計、耳鏡、体温計、ペンライト、刺抜き、裁縫用ルレット、アーミーナイフ、爪切り、レスキューハサミ、かみそり刃、ポケットマスク(酸素インレット付き)、マウスシールド、三角巾大、消毒用アルコール、ラテックス手袋、乾電池、耐水バンドエイド、滅菌ガーゼ等を小分けにしています。


緊急連絡網(前兼久漁港)、海洋有毒生物対応、CPR実施手順、意識レベル確認表、減圧症自己診断資料、自己チェック、筆記具、記録ノート、ヘリコプター救助手順、潜水事故フローチャート等です。


 この中身を見た嘱託医の方、自分も欲しいとのことでした。


 あっちこっちに分散してものを思い切って集めてみました。現場での初期対応する際に必要最低限の中身でした。自分が急難のことになった際に痛感したのです。意識確認関係では、グラスゴーコーマスケールも有効であることが判ったので、また作ろうと思います。


来週は、オレンジ色のケースの中身を何としなければ。


 自分のような中高年のダイバーさんが多くなっているので、何かあった際に最低限の身体状況を確認することができるように考えてます。  

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2008年08月21日

海賊船対策は厳しい・・・

夏も終わりを迎えようとしています。昨日、58号線を走っているとトンボの群れに出会いました。走っているといっても自力ではありませんよ。車ですよ。


 いよいよ出動かな。アフリカ東部のソマリア沖での日本のタンカーが海賊に乗っ取られたのだ。トン数は7,373トンで化学物質を輸送している最中とのこと。アメリカ海軍が追跡しているとのことだ。日本国もシーレーン確保することが国の生命線と捉えるなら海上自衛隊に海賊船対策のミッションが発令されるかもしれない。おりしも、日本は多国籍軍への援助活動の一環として補給船と、その護衛艦が活動している。海賊対策では、日本では第一義的には海上保安庁が対応することになる。マラッカ海峡や東南アジア沿岸部であれば海上保安庁の巡視船でも対応できるとは思うが、武装や人員、巡視船の船体構造から考えると軍艦仕様でないと海賊対応が厳しくなると思うのでした。


海賊船も高性能化しており、護衛艦クラス一隻や二隻でも対応が厳しいと思うのした。遠距離でのミッション対応となると艦隊を組むのでした。旗艦にはイージス艦一隻に護衛艦クラス、補給船。できれば航空母艦が欲しくなるのでした。ジェット戦闘機でも垂直離着陸できるハリアー戦闘機、攻撃用ヘリコプター、捜索救難対応ヘリコプター、特殊部隊が随伴することが理想的かな。


航空母艦がないかぁ。それにハリアー戦闘機も持っていないなぁ。海上自衛隊の特殊部隊も部隊編成が終わっているらしいが、部隊規模は機密事項になっている。海上保安庁のSSTを投入するか。でも、SSTは海上警察部隊に分類されるので軍事作戦には参加することができない。


 でも、真剣にシーレーン防衛、海賊対策等を考えると積極的に対応しないと、ますます日本の船舶は、獲物となるでしょう。明確なメッセージを発する必要があると思います。


 新造された2000トンクラスの高速巡視船でも、相当厳しいミッションと思います。世界最大の巡視船「しきしま」一隻では対応できないと思います。かつては対潜哨戒機だけあれば大丈夫だとの発想がありましたが、現実には護衛艦クラスを現場に配備しないと駄目なのでした。


厳しい選択が待っているのでした。プラモデルだったら、すぐに艦隊を編成することができるのですが、実物となると・・・・・・・・・・。  

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2008年08月20日

玉ネギ・・・・・・・・・。

たまねぎ、タマネギ、玉葱、玉ネギ。ガッツリと食べたいのでした。


 自分は玉ネギ大好きなのでした。寄りによって・・・・・・。


今年の研修生は、二人とも「玉ネギ」が好きではないのでした。


一人は、生の玉ネギが食べれない。もう一人は、煮込んだ玉ネギが食べれない。究極の選択になるのだ。


 玉ネギを薄くスライスして塩水につけて水洗いして苦味を取り、そのままでも鰹節をまぶしてお醤油を垂らしたり、マヨネーズで合わせて食べるオニオンスライス。夏場の食欲の低下しそうなときは野菜を沢山食べることができるのです。


 一人はカレーやシチュー等で玉ネギを煮込んでトロトロにすると駄目というのでした。これで玉ネギたっぷりのカレーを作ることもできないのでした。炒めた玉ネギ、チャーハンのように小さく刻んだ玉ネギを油で炒める程度は食べることができるのでした。生の玉ネギが食べれないのはラーメンやうどん、そばに添えられているネギも駄目なのでした。長ネギ、香味野菜、すき焼きにも最適なのに食べれないようだ。


一緒に仕事ができるようにトレーニングする際に、自分は食事も極力自炊にしている。理想的には、三食を自炊にしたいのですが、どうしてもお昼はダイビングの予定で押せ押せになると食べれないことがある。午後のダイビングが終わったら、遅いお昼ご飯を食することになる。ドミノではないが、当然夕食時間もズレコムことになるのでした。


 自分は食べれない食材は、ほとんどないのですが、最近の若い方々には食わず嫌いなのか、アレコレ食べれませんとのこと。食べる努力すらしない。


 もうじき玉ネギが食材の代表選手として野菜室にお出ましの時期になります。もうじきだ。  

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2008年08月19日

禁煙治療を受けませんか

航空機事故、世界で二件あった。ドイツでは軽飛行機が送電線に引っかかり、宙ぶらりん状態での救出劇。日本では一般道の不時着陸した。宙ぶらりんでは搭乗者が救出されるまで二時間逆さま状態だったとのこと。片や一般道に不時着した機体は損傷が激しいが、操縦席には、著しい損傷にはなっていなかった。乗員二名がケガを負いながら自力で機体から降りたとのことでした。


 エンジンへの燃料が正常に送れなかったとのこと。これってガス欠を意味するのだろうか。それとも燃料ポンプの作動状況が悪かったのか。エンジンの出力が低下して不時着したとのこと。一般道だったが他の車が巻き添えならなくてよかった。1時間分余分に燃料を搭載していたとのことです。燃料パイプが緩んでいたのかな。それとも異物が混入して通りが悪くなったのだろうか。事故原因については、これから始まるのでした。

さて、航空機の燃料の話題から、現実的なタバコに話題を移しましょう。


肺嚢胞の手術を受けた話を書いていました。その大きな原因としては喫煙歴30年という長きにわたる習慣、6年前に禁煙に踏み切ったが、駄目でした。そこで禁煙の最近の事案を専門家に教えて頂きました。あれこれ悩むより、一番楽な禁煙方法はお近くの禁煙外来を受診されることです。http://www.nosmoke55.jp/nicotine/clinic.html
を紹介を受けました。


 禁煙グッズが出回っていますが、ずばり医療の専門家の知恵を有効に活用すべきと思っています。医療保険の適用を受けながらの治療、極めて禁煙率が高い治療法が開発されています。これを有効に利用しませんか。  

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2008年08月18日

内視鏡手術でよかった

高校野球、決勝戦だったが、打力爆発、それも一方的なゲーム展開。常葉菊川は、成すすべもない状態でのワンサイドゲーム。昨日までの両者互角の打撃力だったはずだが、勝利の女神や大阪勢に軍配を上げた。ご苦労様でした。


 3月15日に自然気胸が増悪、これまでに二回の肺嚢胞の切除手術を受けました。4月は右肺、8月は左肺だった。初発部位は右側だった。最初に搬送された病院で肺嚢胞の切除手術が受けられれば大丈夫だったのだろう。でも呼吸器の専門医がいないということで、とりあえず自然気胸の破れた部位が塞がるのを待った。外科であれば大丈夫という時代でもない。それぞれの臓器部位の専門医が仕切る領域になっている。肋骨部位を切開して両手を入れて肺胞をチェックして、穴を塞ぎ、また閉じる。自転車のパンク修理と同じ原理だ。最終的には切断部位を焼いて固定して接着剤ペタペタ塗って固める。漏れがないかを確認してから胸腔内を陰圧にして肺胞を膨らませるためにチューブを入れます。


内視鏡を使わないで両手を入れた手術となると入院期間は、3週間程度と長期となるようだ。内視鏡を使っての手術で首尾よく完了できたので術後3日の入院で終わったのでした。手術による浸潤の影響をできるだけ小さくするために様々な技術と器具が開発されている恩恵を受けているのでした。


夏の終わりが近づいて来ています。高校野球が終わり、ちょっとだけ放心状態かもしれないのでした。  

Posted by むらじぃ at 21:54Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと